エミコは、二人の男を追いかけた。
男たちの格闘が非常用らせん階段の隙間から見える。
(やめて!やめて!・・・誰か助けて!・・誰か・・お願いやめて!・・)
黒い服を着た男がわめき散らしながら、走り去っていく。
あの人が、腹部を抑えながら、くの字に折れ曲がっていた。
「いやー!やめて!・・しかっりして!・・しっかりして!・・津山さん!!」
エミコは津山の頭を抱きかかえると、溢れ出す涙をこらえもせず、津山を呼び続けた。
(津山?・・そうか・・俺は、津山という名前だったか・・・エミコちゃんが泣いている・・・)
俺は、気の遠くなるような痛みに中で、黒い服を着た男に刺されたことを思い出し、
目の前で、呼び掛けるエミコを認識した。
しかし、声が出せない。返事ができない。
俺の頭を抱え込むエミコの腕が優しかった。
そして、とてもいい匂いがした。
それは嗅覚で感じる匂いではなかった。
もっと奥のほうから、俺の胸の奥が感じた匂いだった。
「津山さん!・・返事をして!・・誰か!・・誰か!・・助けて!」エミコは叫び続けていた。
(大丈夫だから・・・。・・大丈夫だって・・・。いい匂いだ。気持ちいいな。・・ごめん、こんな時に。)
俺は、絞り出すように必死で声を出した。
・・・・だ、だいじょーぶ・・・。
あの くろ・・ふく・・やろーめ・・。
あいつは、どろぼーしっかくだぞ・・
刺す気が無かったことは、分かってるよ
こんなことしたら、窃盗じゃなくて、強盗殺害か
強盗致傷になっちまうってんだ。
まあ俺は死なないから、強盗殺人にはならねーようにしてやるけどな
大体、あいつはドロボーのくせに
それほど、トレーニングしてないって言うんだ
らせん階段を逃げる後ろ姿を見たときに、俺にはすぐに分かったね
あいつには、ラダートレーニングや、サイドステップ、バランストレーニングも足りてねー
らせん階段の遠心力で、相当身体が外に持ってかれてたな
あれじゃーサイドに振られたときに、一生戻ってこれねー
つまり、先に走らされたら終わりってことだ
ポイントの最初から、ガンガンに攻め続けなきゃいけねー
それは、しんどいゲームになるよ
リスク、山の如しって感じだ
調子が悪い時は、はい、さようならってタイプの選手になっちまうんだ・・・
まったく、しょうがねー野郎だ・・・・
津山は意識がもうろうとする中で、黒い服を着た男に苛立っていた。
エミコは、目を閉じたまま、矢継ぎ早にまくしたてた津山をじっと見つめていた。
(分かった・・分かった・・もう、無理にしゃべらないで・・お願い・・)
そして、再び、意識を失った津山をそっと抱きしめた
救急車のサイレンが、徐々に近づいていた
知多の海が一望できる高級リゾートマンションの下には
野次馬たちが、小さな人だかりを作っていた
エミコは祈るように呟いていた
(神様・・お願い・・あの人の命だけは・・・)
1 件のコメント:
知多? らせん階段…
高級リゾートマンション…?
おぉー!あそこねぇ~! (ってどこ…)
血まみれ津山さんは助かるとして…
野次馬が集まっちゃったってことは
次に来るのは半田署のパトね?(現実的)
あとダンピョンさんが感じたいい匂いって
どんな匂いだったんだろう…
違う、津山さんだって。
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