カズヤのテンションは、この突き刺すような暑さのように上昇するはずだった。
(なんで、エミコはビーチに出ないなんて言い出すんだ!)
「カズヤ!クーラーボックス持ってきてー!」
ケンイチロウは、ビーチバラソルを両脇に抱えながら
もうこれ以上荷物はもてんと言わんばかりに
カズヤに指示を出した。
「はいはい。分かりましたケンイチロウさまー」
カズヤはタカユキに目配せをしながら
女の子たちの前で、頼れる男を演じているケンイチロウを
茶化すように言った。
タカユキは「でへ、でへ」といつもの相槌笑いしながら、
トランクから大きめのレジャーシート取り出した。
リサとユカは、若くて幼い男たちの会話を適当に聞きながら
忙しく、ウォータープルーフの日焼け止めを塗った。
夏の太陽は、すぐに高くなった。
ビーチにも、家族連れが目立つようになっていた。
ケンイチロウとタカユキは、少し嫌がるリサとユカを沖に連れ出した。
カズヤは、部屋に一人残ったエミコの事を考えていた。
ビーチに備え付けられたスピーカーからは、「真夏の果実」が流れていた。
皆が、海へ繰り出した後、エミコはバルコニーから、
しばらく、眼下の海を眺めていた。
バルコニーに無造作に置かれた灰皿に、
昨晩、あの人が吸ったたばこが数本あった。
カズヤの気持ちは分かっていた。
カズヤは、申し分のないイイ男であることも分かっていた。
エミコ自身、なぜビーチに行かなかったのか分からなかった。
ただ、なんとなく、部屋に残りたかった。
まさか、あの人の事が気になっているのだろうか。
考えあぐねているうちに、エミコはうとうと眠りに落ちていった・・。
部屋に入った瞬間俺は、なんとなく人の気配を感じた。
誰かいるのか?
いや、誰か残っていても不思議ではない。
俺は「誰かいるか?」と声を出してみた。
返事はない。
いや、誰かいる。
奥のバルコニーに人影らしきものを見た。
俺は、バルコニーに近づいた。
(ガタッ!)
俺は背後の物音に咄嗟に振り向いた。
黒い服を着た男が、たった今、俺が入ってきた玄関を開けて足早に
出ていこうとしている。
俺は、「誰だ!」と叫びながら、無意識にその男を追った。
非常用のらせん階段を何度も何度も廻りながら、俺は必死に追いかけた。
やっと、男の上着に手をかけた。
俺と男は息を荒らげながら、格闘した。とても長く感じた。
そして、腹部に重い痛みを感じた。
意識が遠くなっていく。男は何やらわめき散らしながら、逃げていった。
男の足音がらせん階段にこだまして、徐々に遠ざかっていく。
俺の腹部の赤色が非常用らせん階段を染めていった・・
つづく