2010年8月25日水曜日

盛山の血

・・・三ヶ月前・・・

 「エミコ・・居るか。お父さんだ・・」。

エミコは、20畳はあるかとうい広い自室で今春、話題のハリウッド映画を観ていた。

 「はーい。居ませ~ん!・・ただ今、映画のクライマックスに差し掛かっていますんで・・」
(もう、なによ!大事なトコ、聞こえなかったじゃない!)

 「・・了解」。
エミコの父、盛山三郎はいそいそと階下のリビングに降りていった。
(タイミングはビジネス、恋愛、全ての命だ・・タイミングの悪い男は出世できん・・)

  盛山三郎は、世界的電機メーカー・サニーの創業者盛山一郎の弟にあたる。
 長男の一郎は、サニーを世界に押し上げた経営の神様と謳われた。
 しかし、その成功の陰に、二郎と三郎という二人の弟の存在があったことは
 一郎自身が一番よく分かっていた。
 二郎と三郎は、兄の一郎をとても慕っていた。
 幼くして失った父親の代わりに兄弟たちを時には厳しく、時には優しく
 父親のように、友のように育てた。
 一郎の口癖は
 「世のため、人のため」、「迷ったら、マクロ的『善』を選びなさい」だった。

 一足先に一線を退いた三郎の兄二郎は、引退後
 資財を投じて日本テニス界の復興と発展に尽力を注ぎ
 現在尚、全日本テニス連盟の会長として辣腕を奮っている。


 10分程経った後、スウェット姿のエミコがボサボサになった髪を括りながら
リビングに降りてきた。

  「なに・・何か用事でも、お・あ・りでしょうか?オ・ト・ウ・サ・マ・・」。
 エミコは、おどけて言った。

  「お・あ・りなんですよ。エ・ミ・コ・サ・マ・・」
 三郎も付き合い、そして続けた。
 「いや。結構真面目な話なんだ。
 二郎おじさんが、テニスで頑張ってるの知ってるよね」
 
 エミコは、黙って頷いた。

 「お父さん、二郎おじさんを少し手伝いたいんだ。
 詳しいことは、おいおい話すけど、エミコに人を探して欲しいんだ。
 この愛知にフロリダにあるような、テニスキャンプを
 作りたいんだ。そこに従事するスタッフを探して欲しい。
 ・・会社は関係ない。
 お父さんとエミコとそのスタッフ数名で作りたい。
 ・・・極めて私的なものとして作りたい。」

 エミコは、黙って話を聞いていた。
というより、何も聞けなかった。

 父親に迫力があった。父親の最終的な意図は、分からない。
父親がカズヤの名前を出さなかったことに意図はあるのだろうか。

ただ、どんな儲け話より、どんな旅行計画より、興奮した。
父娘とはいえ、今日の二人の間に流れた空気はあきらかにそれを超越していた。

エミコは、さすが世界のサニーを創設した盛山兄弟だと思った。
そして、自分自身の中に
流れている盛山の血が騒ぐのをはっきり感じた。

「分かりました。いつまでに探せばいいの。」
エミコの眼は鋭く三郎を見つめていた。
「半年。・・半年もあれば充分だろう。」
三郎の眼も鋭くエミコをとらえていた。

ビーチには『BYE BYE MY LOVE』が流れていた。
タカユキが沖から戻ってきて、カズヤに「つまらん男だな~」と笑っていった。
カズヤは応えず、腕に着いた砂を落とした。

激しい音に、エミコは目を覚ました。
「誰だ!」あの人の声だ。
エミコは、バルコニーから部屋を抜けると、らせん階段を駆ける二人の
男を靴も履かずに追いかけた。
胸騒ぎがした。
何やら、恐ろしいことが起こるのではないかという胸騒ぎがした。

つづく

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