2010年9月8日水曜日

苛立ち

エミコは、二人の男を追いかけた。

男たちの格闘が非常用らせん階段の隙間から見える。

(やめて!やめて!・・・誰か助けて!・・誰か・・お願いやめて!・・)

黒い服を着た男がわめき散らしながら、走り去っていく。

あの人が、腹部を抑えながら、くの字に折れ曲がっていた。

「いやー!やめて!・・しかっりして!・・しっかりして!・・津山さん!!」

エミコは津山の頭を抱きかかえると、溢れ出す涙をこらえもせず、津山を呼び続けた。

(津山?・・そうか・・俺は、津山という名前だったか・・・エミコちゃんが泣いている・・・)

俺は、気の遠くなるような痛みに中で、黒い服を着た男に刺されたことを思い出し、
目の前で、呼び掛けるエミコを認識した。
しかし、声が出せない。返事ができない。

俺の頭を抱え込むエミコの腕が優しかった。
そして、とてもいい匂いがした。
それは嗅覚で感じる匂いではなかった。
もっと奥のほうから、俺の胸の奥が感じた匂いだった。

「津山さん!・・返事をして!・・誰か!・・誰か!・・助けて!」エミコは叫び続けていた。

(大丈夫だから・・・。・・大丈夫だって・・・。いい匂いだ。気持ちいいな。・・ごめん、こんな時に。)

俺は、絞り出すように必死で声を出した。

・・・・だ、だいじょーぶ・・・。
あの くろ・・ふく・・やろーめ・・。
あいつは、どろぼーしっかくだぞ・・
刺す気が無かったことは、分かってるよ
こんなことしたら、窃盗じゃなくて、強盗殺害か
強盗致傷になっちまうってんだ。
まあ俺は死なないから、強盗殺人にはならねーようにしてやるけどな
大体、あいつはドロボーのくせに
それほど、トレーニングしてないって言うんだ
らせん階段を逃げる後ろ姿を見たときに、俺にはすぐに分かったね
あいつには、ラダートレーニングや、サイドステップ、バランストレーニングも足りてねー
らせん階段の遠心力で、相当身体が外に持ってかれてたな
あれじゃーサイドに振られたときに、一生戻ってこれねー
つまり、先に走らされたら終わりってことだ
ポイントの最初から、ガンガンに攻め続けなきゃいけねー
それは、しんどいゲームになるよ
リスク、山の如しって感じだ
調子が悪い時は、はい、さようならってタイプの選手になっちまうんだ・・・
まったく、しょうがねー野郎だ・・・・

津山は意識がもうろうとする中で、黒い服を着た男に苛立っていた。

エミコは、目を閉じたまま、矢継ぎ早にまくしたてた津山をじっと見つめていた。

(分かった・・分かった・・もう、無理にしゃべらないで・・お願い・・)

そして、再び、意識を失った津山をそっと抱きしめた

救急車のサイレンが、徐々に近づいていた

知多の海が一望できる高級リゾートマンションの下には
野次馬たちが、小さな人だかりを作っていた

エミコは祈るように呟いていた

(神様・・お願い・・あの人の命だけは・・・)

1 件のコメント:

アラサーdeアラフィ さんのコメント...

知多? らせん階段…
高級リゾートマンション…?

おぉー!あそこねぇ~! (ってどこ…)

血まみれ津山さんは助かるとして…

野次馬が集まっちゃったってことは
次に来るのは半田署のパトね?(現実的)


あとダンピョンさんが感じたいい匂いって
どんな匂いだったんだろう…

違う、津山さんだって。